「太陽を灼いた青年」 井本元義

ずいぶん前小林秀雄訳の「地獄の季節」を読んで凄いなと思ったがアルチュール・ランボーに熱狂するということはなかった。管理人は詩を捨て「砂漠の商人」になったランボーのほうに興味がある。詩人ランボーについての著作は沢山あるけれど、アフリカ時代のランボーについては何かはっきりしていない。はっきりしないから興味がわくのかもしれないが。

副題を見て、本書はランボーに纏わる場所を旅した記録かと思った。読み進めるうち、創作というか空想する場面があり純粋な旅記録ではなかった。著者はフランス国内を丹念に旅して、ランバーゆかりの地の建物やモニュメントを記録している。「地獄の季節」の記念碑の近くにある家をパティ・スミスが買ったと本書にあり驚いた。多分、著者はパティ・スミスの曲を聴いたことがないのではと思ったが。

管理人がいちばん読みたかった「アフリカのランボー」については、著者がアフリカへ旅したことがないので尻すぼみの感じだった。本書の後半は著者の小説『ロシュ村幻影』からの引用が多くなりちょっと閉口した。章の半分くらい『ロシュ村幻影』からの引用のところもあり、「アルチュール・ランボーと旅して」とするなら、著者がアフリカへ旅した後に記録をまとめたほうが良かったのではないかと思う。

著者は初めてロッシェ村を訪れた時について次のように述べている。

 さあ、アルチュールよ、君に会いに来たぜ。君と握手して抱きしめるために来たぜ。ここは、地獄の始まりの場所でもあり、終わりの場所でもある。母親の里でもあり、ある時は少年アルチュールの懐かしい遊び場所でもあったはずだ。長い放浪と虚無の闇を彷徨って片脚になって戻ってきた場所でもある。そして地獄の扉を開き、絶望のうちに扉を閉めに帰ってきた場所でもある。崩れてしまった土塀が残っている。これらは当時の物だろうか。ドイツ軍のナチスの攻撃によってこのあたりも爆撃で破壊され尽くした。
 何もない。風が吹き抜けるが静寂を壊すことはない。僕は立ち尽くす。木立の陰から誰かが僕を見ている。急に懐かしさが込み上げてきて僕は振り返る。だが、ただ雑草が揺れているだけ。君と同じ空気を吸い地面に足を付けただけで、君の気持ちがわかるのはおそらく僕だけだろうという。

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